(1)
「いい加減にしなさい鉄郎!承知しませんよ!」
惑星「フォーチューン」の瀟洒なホテルの一室に、メーテルの声が響いた。
「それはこっちのセリフだ!!」
間髪いれずに鉄郎の怒鳴り声。
「あのね、何かにつけて母親振るの、やめてくれないかなあ。いい加減うっとおしいんだよ!」
「私がいつ、母親振っていたですって!?」
「今!この瞬間!その態度がうざいっていうんだ!!」
「人の人格を否定するようなこと言わないで頂戴!!」
「その言葉、そっくり君に返してやるよ!」
「勝手に言ってなさい!」
売り言葉に、買い言葉・・・
蝶番をきしませる勢いで、ドアが荒々しく開いた。肩にジャケットを引っ掛けた鉄郎が現れた。
「どこへ行くの!」
部屋の奥からメーテルの尖った声。
「気分転換!!」
無造作に言い放つと、鉄郎はドアを乱暴に閉め、後も振り返らずに歩き出した。
部屋の中に、ポツンと取り残された、メーテル唯一人・・
閉ざされたドアの前で、しばし呆然と立ち尽くしていた彼女は、不満一杯の顔で、側にあるソファーに、どさりと腰を降ろした。
悶々とした思いで傍らを見やれば、テーブルの上には、鉄郎のノートパソコンが電源を付けっぱなしで放ってあった。
二間続きの隣室のバスルームには、香りのいいお湯を一杯に張った湯船が、いつでも使用可能の状態でスタンバイしているというのに・・・
近頃は、私の言うことなど、うるさがって聞こうともしない・・・
傍らのクッションを忌々しげに引き寄せると、膝の上に、ぐるんと抱きこんだ。
「もうっ!!」
鉄郎は大通りの人ごみの中をずんずん歩いた。
冬の季節、夕方の5時をとうに過ぎた今頃は、外は夜の帳に包まれ、街頭のイルミネーションが賑やかに輝いていた。
歩道を仕切る街路樹もおびただしい豆電球でライトアップされ、色とりどりの光を投げかけている。
通りに整然と並ぶ華やかなショーウィンドウや店舗の軒先には、宗教行事の一つだとメーテルが説明した町を上げての壮大なイベントが繰り広げられていた。
ヒイラギの葉や可愛らしい小さなベルで装飾されたリースが飾られ、入り口に橇を引いたトナカイや赤い服を着た老人の人形(確か、サンタクロースって名前だよね)それにモールやカラフルな電飾が施されたもみの木(クリスマスツリーとかいってたよな)があちらこちらに添えつけてある。
辺りが鮮やかな赤や緑に覆われているせいだろうか。
地表は冬の夜だというのに、どこか暖かい。
けれど、頭の中にメーテルへの怒り度100パーセントが渦巻いてる最中の鉄郎には、そんな夢のような光景なんて眼中にない。
「ったく、あんな風呂に入れっかよ!頭どうかしてるぜ」
出会った頃から子ども扱いされてはいたが、近頃は母親気取りの態度がますますエスカレートしているのが気に食わない。
人々を恐怖で支配した機械化帝国をこの手で滅ぼし、彼らの繁栄の礎となるべく操られていたメーテルを開放し、彼女は晴れて自由の身になった。
だが、そうであっても・・・
所詮、メーテルにとって、俺はいつまでたっても小さいガキでしかなくて・・・
そう思うと、無性に腹が立ってくる。
けれど・・・
通りに面した広いショーウィンドウの前でふと立ち止まった。
最新流行の服を着せられた男女のマネキンが、ガラスケースの向うに思い思いのポーズを作って佇んでいる。
ウィンドウの奥にはめ込まれたマジックミラーに、ちょうどマネキン達と並ぶように自分の姿が映っていた。
見つめるだけで気分が滅入ってくる。
年齢にそぐわぬ低い背丈。欠食児童のレッテルを貼られてしまいそうな痩せ細った体。
顔も小学生と間違えられてしまう小さな童顔で、(髪を短く切ったら、余計ガキっぽくなってしまった・・・・)
目だけがやたらと大きくて・・・オマケに声変わりもしていない・・・
「メーテルのような大人の女の人から見れば、子供だよなあ・・・」
ウィンドウの向うに並ぶマネキンの背の高い堂々とした体躯と自分の影が並んでいると、余計自分がみすぼらしく思えた。
そんな自分を無理矢理ガラスから引き離すと、俯いたままひたすら歩き続けた。
いけないいけない・・こんなこと考えてる余裕は俺にはないのだ。自分には、やらねばならない仕事が残されている・・・
鉄郎は決然と顔を上げると、人ごみを掻き分けるように、とある場所に真っ直ぐ向かった。
行き着いた先は、目抜き通りにある大きな銀行。
宇宙のあちらこちらから旅行者やビジネスマンが昼夜問わずひっきりなしに訪れるこの星は、夜間運営する公共機関も少なくない。
この銀行もその一つだ。
鉄郎はポケットからメモを取り出すと、看板と見比べた。
「インターナショナルバンク中央支点・・・」
目の前の自動ドアから中に入った。慣れない場所に、入り口できょろきょろと辺りを見まわしているとー
「君、そこの君」
不意に店内から現れたガードマンに呼び止められた。
「は?僕ですか?」
ガードマンは、つかつかと鉄郎の前にやってくると、
「君は、お父さんかお母さんと一緒なの?」
「え?」
何のことか分からず鉄郎は面食らった。
だが、ガードマンは真剣な眼差しで鉄郎を見下ろしている。
「あのね、ここは、小学生が、遊びに来るところじゃないからね?どなたか、お父さんやお母さんと一緒に来たのかな?」
なんだって!?俺を中学生ならまだしも、小学生と間違えてるよ!
しかも噛んで含んでいって聞かせるようなガードマンのものの言い方。
さすがの鉄郎も、これには頭にきた。
「俺は小学生ではありません!」
「じゃあ、中学生なの?だったら、保護者同伴で来なければならない決まりぐらい知っているはずだ。それに、今は子供が家に帰っていなければならない時間の筈だよ?まさか、ご両親に内緒で家出をしてきたんじゃないだろうね?」
「俺は17です!こちらに用があって来ました」
しかし、警備員は無理矢理鉄郎を外に追い出そうとする。
「それなら何か身分証明になるものを見せなさい。本当に17歳なら学生証や免許証があるはずだろう?」
そして、ここではお客様の邪魔になるからといって詰め所に引っ張っていこうとする。
「なにするんだよ!俺は客だってば!離せよ!!」
警備員にがっしりと肩をつかまれ、鉄郎は振りほどこうと懸命にもがいた。
「ほら、抵抗すると警察呼ぶぞ」
と、そのときーー
「鉄郎、どうしたの!? 警備員さん、その子は怪しい者ではありません。私が保証します」
聞き覚えのある凛としたアルトが鉄郎の耳に飛び込んだ。彼は思わず振り返った。
黒いタートルニットとパンツに赤いレザーコートを纏い、漆黒の髪を長くなびかせた長身の女性が佇んでいた。
見知らぬ女性だ。彼女の首にアクセントのように巻かれたグレイの長いマフラーの端が、風で緩やかに靡いていた。
(だっ・・だれだっけ・・・?)
女性は二人の下へつかつかと歩み寄ると、ニッコリ微笑んだ。虹色に揺らめく目の色が印象的だ。
「失礼ですが、この少年の保護者の方でしょうか?」
あくまでも任務に忠実なガードマンであった。
「ええ、この子の遠縁のものです。今日はこちらまで一緒に連れてまいったのですが・・・ご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません」
そして、深々と礼をした。
(お、俺の遠縁の人??知らんぞ、俺は・・・)
ますます鉄郎の頭は混乱した。
しかし、ガードマンはさっと鉄郎から手を離すと、そそくさと敬礼した。
「いえ!お連れ様とは存ぜず、大変失礼をいたしました。どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
そういうと彼女は鉄郎の肩を抱き、中に入った。
鉄郎はしばし彼女の顔をしげしげ見つめていたが、あっと目を見開いた。
「エメラーーー!?」
女性は唇に人指し指を当て、しっ、と囁いた。
慌ててコクコクと頷く鉄郎。
――エメラルダスだった―――変装して髪の色を変え、頬の傷はメイクで隠していたが、間違いなく彼女だ。
エメラルダスは、すたすたと鉄郎を伴い窓口にやって来た。
「銀行に用があるときは、ここで受け付けるのよ」
「ありがとう・・・」
「いらっしゃいませ」
窓口係の美人のお姉さんが、にこやかに挨拶する。
鉄郎はジャケットの内ポケットから小ぶりのパスケースを取り出した。
中には空間鉄道の無期限パスと、小さなICカード。
彼はICカードを窓口嬢に差し出した。
「この口座の残高を調べて欲しいのですが・・・」
「かしこまりました。暫くそちらへ掛けてお待ちくださいませ」
鉄郎は踵を返し、カウンターの向かい側のソファーに腰を降ろした。
それから思い出したように身体を強張らせながら、傍らでゆったりと腰を降ろすエメラルダスを振り返った。
「そうだ、すみません、あなたが来てくれなかったら、俺、家出小学生と間違われるところでした」
ひそひそと声を落とし、小さくなって頭を下げる鉄郎を、エメラルダスは笑って辞した。
「気にしないで。たまたま通りかかったら、あなたの声がしたので驚いたわ。」
けれども、小学生だなんて・・・そういいながらクスクス笑うエメラルダス。
「ほっといてください!」
ぶすっとむくれてみせる鉄郎。
「フフッ、ごめんなさい。メーテルはお元気?」
「ええ、おかげさまで・・」
鉄郎はぶっきらぼうに返事をしながら足元に目を落とし、小さく溜息をついた。
「・・・・それにしても、貴方がこんなところに一人で来るなんてね。先程の様子だと、メーテルのお使いかしら?」
「違います。・・自分の用事で来ました。メーテルは知りません」
「貴方の・・・?」
エメラルダスが、以外だ、といわんばかりの顔をしたのが鉄郎には少し面白くなかった。
「ここだけの話なのですが・・・」
エメラルダスの耳元に顔を寄せ、小声で呟いた。
「実は、時間城から連れて来た宝石や貴金属達を売りさばいてここに預金しておいたんです・・」
「なっ・・なんですって!?」
エメラルダスの顔が、明らかに面食らった、いや、激しい動揺の色が現れた。
「し〜〜〜っ・・・声が大きいですよ」
慌てて制する鉄郎。
「星野様〜〜。お待たせいたしました〜〜〜」
受付嬢の声が響いてきた。